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大坂夏の陣の古戦場・桑津古戦場

大坂夏の陣・桑津古戦場
天王寺駅からすたこら歩くこと20分あまり・・・
『桑津3北』の交差点付近にあるはずなのだがそれらしいものが無い。
あれれ、見逃しちゃったかな?と思って付近を捜すが見つからなかったので
近くのコンビニに駆け込んで聞いてみたら
20081030長老事件

「もしかしたら道路工事か何かで移動したのかもしれんよ
この辺の歴史なら長老に聞いてみないと・・」
みたいな
スケールの大きな話になってしまいました。 長老って・・・(笑)

店長さん(?)がお店を抜け出して (その節は本当にありがとうございました・・・)
この辺の歴史に詳しい人の所に連れて行ってくださり
近くの『見性寺』の隣にお引越ししたということが判明!
私の調べた資料が古かったようで、最近こちらに移ったようです。
20081031大阪の陣供養塔

時刻は5時過ぎ。 真っ暗で碑の文字が見えませぬ。
フラッシュを焚きながら必死に撮影に成功しました!

1615年5月7日・・・
ここ、阿倍野区~平野にかけては大阪夏の陣・最終決戦が行われた場所。
今まで以上の兵力・火力が集中した激戦だったとか・・・
私がしょっちゅう骨董市に行ってる四天王寺も戦火にあってますし
この辺一帯は大阪でも有名な心霊スポットなんですって。
まあ確かに何万もの人の命が散っていった場所ですからね
この辺をウロウロしている時に妹の調子が悪そうだったのはそのせいかな。。。
霊感あるのでね。

この、天王寺・岡山合戦にて豊臣方武将の奮闘により家康の馬印は倒され
さすがの家康殿も何度も切腹して果てるかどうするかと口走りつつ
平野方面へ逃げたと言われております。


平野って事は! あの樋ノ尻口地蔵の話に繋がっているんですねー
逃げたその先で、真田の地雷でまたまたヒヤリとさせられるのですから
家康殿もたまりませんな・・・ でももう大丈夫だよ!!

その日の三時頃、真田幸村もついに討たれ豊臣軍壊滅・・・
樋ノ尻口の話が何時頃に起こったかは(勉強不足で)分からないのですけど
真田の執念が最後に一発家康に喰らわしたような、なんかそんな気がしました。

西軍好きの妹に合わせて真田巡りをやった一日でしたが
真田の足跡を辿っていくうちにどんどん彼の魅力に引き込まれていきますね~
しかしですね、彼に関しては・・・関ヶ原からの活躍しか把握していないので
もうちょっと勉強して、次の旅行に望みたいと思っています。


さて、大阪歴史の旅、10月31日の旅はここで終了~!
ここを最後に回ろうと決めていたわけでは無かったんですが偶然にも
今日の旅の最後にふさわしい場所で締める事ができたなぁと思ったんです

多くの人々が自分の正義を貫いて散っていった場所で
静かに手を合わせて帰宅しました・・・。。。
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のわ

Author:のわ
■日本史が生き甲斐。
神代・源平・戦国・幕末
明治~昭和初期のレトロ時代が好み
あと、昔の生活文化を調べるのも好き

全国の史跡巡りの記録です

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